自然 と 乗り物

多趣味(?)かもしれない主の日々の気付きや以前の記憶が記事になります。全部雑談。

GWのこと

 完全に気ままに書いています。我らが平成時代が終わり、令和になりました。

ところでこの「令」の字。書くときにいつも最後の画は縦棒?点?と迷うので調べてみました。

f:id:wuerger:20190508235028j:plain

左上:HGPゴシックE 右上:MS明朝 左下:HG正楷書体-PRO 右下:HGS教科書体

 結論はというと、どちらでもいいようです。ただ、筆者の解釈としては元々は点だったのでは、と思います。縦棒になったのは崩し字への変化の途上で発生した動きのように思えるのです(発表時の字の書かれ方のせいかも)。ちなみに上の画像はMS Wordで書いたものをPrtScでキャプチャしたもので、右下の教科書体を見るに小学校では点で教えるのでは、と思っています。

 

以下本題。

GWということでストイックな旅をされていた方が近況報告をされていたので、自分もするかと記事を書くことにしました(ようやく)。

まずはこちら。

f:id:wuerger:20190509002939j:plain

山あいの崖にあるのでこの位置からとると入らない。レンズを変えなければ…

長野県長野市の山間部、素桜神社の神代桜。推定樹齢約1200年のエドヒガン。葉が出ていますが、ソメイヨシノよりはもう少し持つようでまだまだ咲いておりました。ちなみにここは標高700mで長野駅善光寺のあたりからかなり登ります。ものすごい山間地で景色もなかなかよくてお気に入りの場所です。奥深い里山という感じでしょうか。

f:id:wuerger:20190509004433j:plain

今回ではなく7年くらい前にバスで行って歩いた時の写真

裾花川(信濃川水系)のあたりだとさらに深い谷になって、場所によっては現在進行形で崩壊している所もあります。フォッサマグナ地帯に当たるので地形は素晴らしい景色を作っています。

筆者は信州贔屓なので、長野県の話はいっぱい書くと思います(突然の予告)。

 

今回は道中で国道19号沿いの名勝・山清路にも立ち寄りましたが、生坂村の元気が無くなっているのか朽ちるに任せる、と言ったところがあり、hiyapaさんが好きそうなものもありました(写真はスマホ…)。

hiyapa.hatenablog.com

あとは安曇野の拾ヶ堰とか。

f:id:wuerger:20190509005713j:plain

北アルプス常念岳が背景。水は写真手前から奥に流れる

 

 

次は長野から離れて東京の等々力渓谷。個人的には23区内で最も自然を肌で感じられると思います。

f:id:wuerger:20190509010540j:plain

森の写真が難しいです。明るくしたいけど空は白飛びさせたくない…

降雨時はどうなるんでしょう。矢沢川はどのくらい増水するんでしょうか?

 

ここは、貝塚先生の本で出てくるところで、第三紀層(新生代第三紀おそらく鮮新世)の露頭があるのでその分野では有名な場所です(特に23区内では露頭が減っている)。渋谷粘土層(東京層と言われていた?)の直下に高津互層とあるのがそれで、ゴルフ橋(等々力駅から最寄りの入口の地点)の付近のみで見られます。名前の通り川崎市高津区が模式地だと思うので、その辺りから連続した地層が多摩川や矢沢川に削られて現在の形になったと思われます。

インターネット上で神田川面影橋付近で河床に第三紀層が出ているというような記事を見たのですが、このあたりの地層の傾斜や面影橋付近の武蔵野面としての層序を調べるとどうも納得できないのです。 この続きの議論は次回以降に。

なんとか神田川につなげた…!

参考文献

 地図子さんの浦安の記事の次は、神田川の記事なので書きたいことが結構あってすぐに内容に入りたいのですが、そのまえに神田川だけではなく武蔵野台地全般について言える総論を書かなければなりません(書きたいだけ)。

chizuchizuko.hatenablog.com

それに伴って、参考文献をご紹介。

bookclub.kodansha.co.jp

bookclub.kodansha.co.jp

どちらも貝塚爽平先生の著書ですが、前者の方が古く、用語なども注釈が入っていたりします(原書は1979年)。貝塚先生自身が第四紀学(地質学)の人なので、内容は若干難しいというか理屈っぽいかもしれません。理系向けかな…?
後者はオムニバス形式のような内容ですが、前者を補っている部分もあります。図などはより分かりやすくなっています。講談社のページでは姉妹編(兄弟編でもいいじゃないか)と紹介されています。後者は硫黄島の話もありますが。

ちなみにタモリさんは東京の自然史を東京の地形観察のバイブル?参考書にされているようですね。第四紀の視点なので、比較的最近できた表層の地形を見るには最もいい参考書になるでしょう。

きっとこのブログでも度々出てくる「第四紀」という言葉は、いわゆる地質時代の区分のひとつで、一番大きな時代区分の最新の新生代のうち、より新しい時代を指します(古い方は第三紀と言った)。第四紀をさらに細かく分けると更新世完新世と分けられます(昔は洪積世と中積世といった、最新世と現世ともいう)。絶対年代で表わすと、完新世はおよそ1万年前から現在まで、更新世はおよそ100万年前から完新世前までとなります。いまでも武蔵野の古い台地を指して「洪積台地」と呼ぶのは、この名残で、更新世に形成された地層が(関東ローム層におおわれているが)残っていることが由来です。

日本には数多くの学会がありますが、日本第四紀学会なるものもあって、貝塚先生はその会長を務めたことがあるくらいで、第四紀研究のトップの一人だったはずです。その意味でいうとこの本は東京の微地形を見るのに最適ですが、より大きな地殻変動などを読み解こうとすると第三紀やさらに古い中生代の研究が必要になります。富士山の位置にナゼ?と疑問を唱えるとおそらく第四紀にとどまることはできず、プレートの動きなど大昔からの地球の動きを見ることになるでしょう。実際に東京や関東平野の内側から外に出ると、さらに古い地層がバンバン出てくるので、より複雑な考察がされます(変性帯とか付加体とか)。

 

文字ばかりで冗長になってしまう問題。本の紹介で写真なんかないからしょうがないよね…??

地図子さんのブログを読んで 5 浦安〈後編〉

2/23現在の「今週のお題」は雪なわけですが、この記事はぜんぜん関係ありません。

ちょっとさみしいのでウィンタースポーツに触れることにします。ウィンタースポーツと言ってもスキーだけですが。

筆者はスキーを愛してやまないわけですが、その根底を考えると日常では体験できない世界、というのがあげられます。雪の世界と言うのもそうですが、何より生身でとんでもない速度をだせる、というのが大きいでしょう。

筆者も斜面によっては60km/h位出したことがあると思いますが、競技スキー(アルペン)の滑降(downhill)に至っては最高速度が150km/hを超えることもあります。もちろん選手たちはヘルメットやプロテクタを装備するわけですが、それでもコースを巧みに猛スピードで降りるのは印象が残るのです。

www.youtube.com

大回転(GS;Giant Slalom)やスーパー大回転になるとある程度速度もだすしカーブもきついしで恰好よりも体力だったり技術が勝負になったりします。まあ強い選手ではどれも上位に食い込みますが。

オートバイは少し変わってきますが自動車ではまず体験できない世界だし、自転車と比べてもスキーの方が速度がでる(スキーは降りるだけな)ので、やはり特別な体験ができるスポーツでしょう。体験したことのない人も映像(速度も時々表示される)を見るだけでもこんな世界があるのか、となれば嬉しいです。

 追記:3月某日のスキーのログ(一部)。最高速度94.2km/hは山頂のゲレンデを直滑降(バカですね)したときのもの。正確ではないので参考ですが。

f:id:wuerger:20190315231946j:plain

ログ

ちなみにこの時バッジテスト2級を受験して不合格でした。トホホ…

以下本題。

浦安の昔と今

chizuchizuko.hatenablog.com

地図子さんの2年前の記録の前半は段差道路(浜土堤)が中心?のお話。古い街と新しい町の対比でした。

 

chizuchizuko.hatenablog.com

後半は古い町に踏み込んだ記録…よりも「あくまで地図子」で「鉄子では…」とおっしゃいながら、しっかり撮り鉄をしているなぁというのが印象に残っています(笑)

 

さて、筆者は前回浦安市街の高度を地理院地図を利用して見ました。

f:id:wuerger:20190224002330j:plain

前回よりも広域の地図

中心の十字の丁度上あたりにある微高地が、地図子さんの記事でも上げられている浦安富士です。さすが国土地理院の地図で、ここを拡大すると三角点の記号があります。調べてみると四等三角点で、確か 15.67m となっていました。 

でもそれよりも気になるのは下の方。浦安市の最高地点はディズニーシーの中の山なんですね。50m以上ありました。

地名に目を向けてみると、上の方、境川の北側に「猫実」なる地名があります。ちょっと独特な雰囲気。浦安市のHPは親切で、地名の由来やいつできた土地かが掲載されています。どうやら鎌倉時代津波の被害(!?)を受けた集落の人々が堤防を築き、そこに植えた松の根を波が越さないように「根越さね」と願ったことが元である、とされているようです。

www.city.urayasu.lg.jp

鎌倉時代くらいだと現在とほぼ変わらない等高線の広がり方で三浦・房総両半島があり、東京湾が形成されているはずですが、当時津波の被害があったということなので…どのくらいの高さになったんでしょうか。浦賀水道が狭いといえど、津波の危険があるということですね。多少減衰されるとしても、震央の位置や震源によっては被害が出ると思うと、沿岸部の低地(0m地帯)が心配になるのは自分だけでしょうか…

地名の由来を調べると実は危険地帯だった、などと言うのは結構ありますが、とかく縁起が悪いと言って漢字や地名そのものを変えたり(埋め立てや干拓などの造成の差異に多い)、市町村合併などで名前が全く別のものになってしまって由来がわからなくなってしまうことも多いです。昔の人の警告のはずなのですが、それが後世に残らず大災害になった例もあるし、これから起こりうるものもあるでしょう。もったいない気もします。

gihyo.jp

丁度最近読み終えた本。2013年第一刷なので、残念ながら熊本や北海道(地震)、広島など西日本(豪雨)のことが挙げられていないので、そこはより新しい本でないと言及されていませんが、2011年3月の東北の地震に関連した災害、特に津波液状化にはかなり触れられています。浦安は特にマスコミの槍玉になっていたような感じがありましたが、別に浦安に限った話ではなく、東京の江東区新木場や千葉県我孫子市など、局地的な液状化はいくらでも見つかります。

この本の第4章など、危険な地名に使われた音(発音)を列挙してそれぞれについて何を表すかを解説していて、よくまとめたものだと感心します。また、いわゆるイメージ地名(○○ヶ丘とか、浦安市で言うと日の出とか)に対する疑義はかなり主張されています。土地を調べるのによく役立ちそうです。

ちなみに、筆者は丁度地図子さんのスタンプラリーの記事を読んだ時期と重なっていて、葛飾高砂のことが両方に出ていて感動しました!スタンプラリー後編の最後の駅です。

chizuchizuko.hatenablog.com

 

中川の蛇行が大工道具の曲金(まがりかね)にたとえられているのですね。曲金は、指金(さしがね)・曲尺(かねじゃく)ともいい、いわゆる直角を出す定規のことです(「さしがね」でGoogle画像検索してみてください)。

f:id:wuerger:20190328004947j:plain

>1936年の空中写真。黄色の丸のあたりが京成高砂駅。西側で中川が確かに直角に曲がっている

f:id:wuerger:20190328005013j:plain

(参考)現在の地図。新中川の開鑿の目的がわかります。

[出典:国土地理院地理院地図]

 

浦安から西に行ってしまったので、戻りましょう。

今回は液状化の話をしたいのです。
液状化」という言葉はあまり古くなく、比較的最近使われるようになりましたが、現象自体は昔からあって、かつては「流砂現象」などと呼ばれていました。1964年の新潟地震で鉄筋コンクリートの県営住宅がゆっくり倒れて話題になったりしたようですが、もっとその前からもありますし、地震の際に低湿地で砂が噴くのもありえる話です。問題はその地盤に人が住んでいるか(住居があるか)で、不等沈下による家の傾きや、側方流動による基礎杭などの破壊により住宅やインフラが使えなくなるのが大きな被害となります。とりわけ側方流動は規模によっては致命的な被害になる事があるので、建築の際には必ずシミュレーションされて慎重な設計がされます(大規模建築など)。

f:id:wuerger:20190328010809j:plain

側方流動の概念図(超適当)。黄色が軟弱地盤(流動する)を示していて、赤矢印がグレーの杭にかかる横方向の力。

 また、地盤中の水が抜けて上に出るので、水浸しになるのも被害の一つでしょう。まるで浸水したようになります。写真を見るとインパクトが大きいです。

その液状化の原因は、軟弱地盤にある事は比較的認知されつつあるはずです。いわゆる沖積低地や、埋め立て地、干拓地など陸地(地盤)ができてから年月の浅いものは、土壌(地層)が固結しておらず、地震の振動で地層中の粒子間に働いているせん断応力が無くなり、液体に似た状態になるのです。逆に、長い年月が経っていて続成作用により固結した地層であれば、地層の粒子間の結合が強く、地震動ではびくともしないのです。関東平野に限れば、下末吉面などが硬い地盤として挙げられますが丘陵地帯や、外側の関東山地などはさらに古く堅固な岩盤になります。まとめると、古い地層ほど硬く丈夫で、陸地になって日が浅いほど緩く液状化が起こりやすいといえます。(ここの文章は東京の自然史(貝塚・1979→2011)を絡めていつか記事を書きたいです。)

 

f:id:wuerger:20190328013949j:plain

1936年の浦安。南東側は海なので写真データが無いが、遠浅の海が広がっていたと推測しています。

 丁度現在の舞浜に当たるあたりは旧江戸川が形成した何ともきれいな三角州が見られますが、それを南東方向に広げた土地が舞浜なんですね。現行の地名はいわゆる「イメージ地名」の代表格で、まるで明るい土地のようですが、地盤としては決して良くないでしょう。内陸側より多少標高が高くされているのが救いでしょうか。
ただ、昭和年間の地下水のくみ上げによる地盤沈下を考慮すると、元々陸地だった地域はかつては今よりも少なくとも1~2m位は高かったのではないか、と思っています。江東区江戸川区のあたりは浦安よりもさらに大きく沈下しています(沖積層の厚みの違い)。

f:id:wuerger:20190328015724j:plain

1945~50年頃の空中写真。こうして見ると南東側が海なので浦安が旧江戸川が作った砂嘴のように見えなくもない…?(表現・用語に自信が無い)

ちなみに沖積低地は地盤が緩く、人が住みかにするには向きませんが、保水性の良さから水稲栽培(田んぼ)には非常に相性がよく、昔の人は必ずと言っていいほど川沿いの自然堤防上に住み、後背湿地を田んぼにしていました。この場合田んぼが遊水地にもなるので、江戸時代には下流の下町における洪水の影響を抑えるために意図的に稲作地帯を整備した経緯もあります。
浦安もそうですが、細長い区割を見ると農地に見えるのは筆者だけではないはずです。特に近代化農業においては、細長い方が作業効率がいいのです。

f:id:wuerger:20190328020457j:plain

農作業用機械を動かす時に区割の長辺に沿わせて動かせば方向転換の回数に対して大きい面積で作業できる

いたずらに区割を大きくすると一反全体が失敗したときの損失が大きいので、効率化と保険を天秤に掛けると細長い方がいいことがわかります。

f:id:wuerger:20190328020817j:plain

実際に現在も田んぼとして利用されている土地(新潟県長岡市)。長めの長方形に区切られている

東京都内でも川沿いの低地ではこの区割が残っている所が結構あって、昔の空中写真では農地になっています。場所によっては用水路跡が残っていたりします。

 

こうして見ると、浦安は方や農地、方や漁場と東京(江戸)の食糧庫のような役目を担っている地域の一つだったと推測できます。実際に川(人工河川)で魚介を運搬していたようですし…

 

今回の記事は長さの記録を更新していますが、もし最後まで読み切った方がいらしたら、時間を割いていただいたことに感謝いたします。この記事(というかこのブログ)は書籍などから得た情報・知識から推測をしている内容なので、異議ありという方、ぜひコメントをください。筆者は理系、というか理屈人間なので、ガンガン議論をすることが大好きです。内容次第ではコメントを踏まえて記事を新たに立てるかもしれません。

地図子さんのブログを読んで 4 浦安〈前編〉

地図子さんのブログ

小田原・鎌倉の記事もありましたが、残念ながらあまりネタが無いのでいずれネタが見つかったときに。

f:id:wuerger:20190204220914j:plain
申し訳程度の江ノ電

地形を読む道具

ブログや本を読んで参考に地形を見るときにいつも使っているものをご紹介しなければなりません。
maps.gsi.go.jp
ずばり地理院地図。国土地理院が発行している5mメッシュ(一部10m?)の地図で、起伏を示した地図

f:id:wuerger:20190204221827j:plain
グラデーション付き起伏地図。拡大して見ることがほとんど
これ、無料です。カシミール3Dとか有料のものもありますが、自分はこれで十分だなと思っています。(←ケチ)
これでも標準の地図のレイヤがいじれるし、過去の空中写真も一部ですが重ねられるので、川なんかを見るのにも十分いいと思っています。

浦安のこと

さて、ようやく本題の浦安ですが、 まず浦安の埋め立てに関する話。
浦安市は市の陸地面積の2/3、約6~7割が人工的に埋め立てられた土地です。埋め立てられる前の土地、は東京湾の遠浅の海(潮干狩りの海岸がイメージとしていいと思います)と、江戸川の三角州でした。元々は優良な漁場で、海苔などの養殖場としてもよい場所だったはずです。
東京湾はもともと海苔などの養殖は日本一でした。江戸時代くらいですが。
参考文献
bookclub.kodansha.co.jp
(この本についてはまたいつか。)

それが江戸川沿いで工場が発展して、排水で汚染が見られるようになってから漁場としては衰退します。漁業権の放棄とほぼ同時に埋め立て(干拓)がはじまり、現在の形に近くなったと記憶しています。


浦安の約2/3が埋め立て地であり、その埋め立て時期の影響もあって地盤はあまりよくないことが2011年の震災の時に露呈してしまいました… そう、液状化現象です。液状化現象については次の記事でつらつらと書こうと思っています。


地図子さんのブログの 浦安 前編 で出てきた”段差道路”は、筆者もブラタモリをたまたま見ていて不思議な物があるんだなぁと思ったことを覚えています。この段差(高低差)を地理院地図で見てみましょう。

f:id:wuerger:20190220214923j:plain
起伏のみを表示 マニアックすぎる画面
マニアックすぎてわかりにくいので情報を追加します。
f:id:wuerger:20190220214929j:plain
解説編
赤丸が浦安市郷土博物館、その近くにある境川境川東水門が浜土堤の目印(と思っています)。
黄色い細線がその段差道路。道路基準で画像左が低く、右が高くなっています。キャプチャ画像の左下にも表示されていますが、地理院地図では標高データが表示されて、左が0~2mに対して右は2~4mとなっています。
実は、高い方が新しい土地なのです。知っている人には当たり前ですが、近現代の埋め立て地は防潮堤などの役割も担っていて既存の土地より高い傾向があります。昔の空中写真を見るとどちらが古い土地かわかりますが、それは次回に。

ちなみに画像中心から右側が青緑なのに対して左上あたりが青くなっているのは、かの0m地帯です(南葛西とあるあたり)。地盤沈下とか関東造盆地運動とか貝塚先生の本を追っていつか記事をつらつら書けたらと思っています。

筆者はこんな感じで現地に行くこともなく、他人の記事を読んで金をかけずに地図を見ながらいろいろ妄想しています。今のところ現地に行く元気も時間もなく、ただのひきこもりに見えますが、普段は仕事で毎日外に出るので休みはゴロゴロしたいのです。地図子さんを見習いたい…

次回は1936年とか45年あたりの空中写真も交えて浦安についての記事を締めたい…!(液状化の記事をどう混ぜようか?)

地図子さんのブログを読んで 3 スキー好き!

スキーが好きです。

くどいですが、スキーが好きです。地図子さんの”スキー”旅行はスキーだったのでしょうか?それとも…スノボ?

スノボ・スキー論争で筆者が上げる争点の一つは姿勢です。横向きでどうやってスピードを出すのだ。
筆者はスピード狂・スピード馬鹿なので(スキーだけでなく自転車も)、スキー>>スノボなのです。競技スキーになると滑降(downhill)では130km/h位出ますが、スノボでは無理でしょう。。
あと、スキーとスノボでは止まりやすさが違うはず。板の長さもそうですが、1本と2本なので、エッジの量が違います。単純に2倍のブレーキ!とはいかなくともかなり違うはずです。

スキーとスノボの下り方にかなり違いがあるので、これも悩ましいです。
筆者の友人はスノボを「動くゲート」呼ばわりして面白かったw

そうそう、競技スキーと言えば、大回転だといまいちですが GS、Giant Slalom というと恰好よくないですか!?

 

スキーの魅力は滑る事もそうですが、景色もそうですね。地形を見ようとするとき往々にして人工物が邪魔に思えますが、雪などで覆われると余計な物が無くなって見やすくなる気がします。これは地図でも同じでした。いつかその記事を書きます!

 

山寺のこと

地図子さん…冬の山寺によく登りましたね… つまるところ雪山だと思うのですが。

その大胆さに脱帽です。雪まみれの階段は慣れるものではないし、普通の人は苦労が過ぎるでしょう。

 

郵便ポストがありましたが、あれは配達の人ではなく取集の人なんですね~。休日以外毎日1回山形中央局から来るんです…大変そう。 ちゃんと名前が付いていて、「山寺立石寺中性院」だそうです。郵便差出箱14号。

えーとあれだ、富士山5合目と同じです。たぶん。ユニバーサルサービス()ですからね。

配達と集荷・取集は別の人のことが多いです。特に日本の郵便配達はバイクですから。集荷は量が多かったときに積みきれなくなってしまいます。山形がどうかは詳しくないですが。

 

地図子さん、今度は雪の無いときに行ってみましょうね。

筆者は行ったことが無いのですごく興味があります!
高校の古典で昔は「りゅうしゃくじ」と呼んだことをまだ覚えています。そう、松尾芭蕉の俳句の時でした。 個人的にあのセミはヒグラシだとしっくりくるなぁと思っています。

科学のこと

地図子さんの長良川鉄道の後半の記事で出てくる「マイナスイオン」という単語。

どんな記事で見ても過剰反応してしまうのです。これは地図子さん関係ないです…

いろいろな家電メーカーが健康に対する効果を謳っていますが、科学的にどういう理論なのかはっきりとした説はいまだ無いようです(ニセ科学などと言われている)。メーカーさんたちは統計をとっているようですが。頑張って学説を支えるデータをとってください。

 

まず書かないといけないのは、物性物理学における「陰イオン」とは別物であるということ。そもそも陰イオンや陽イオンがある(電離している)のは基本的に水溶液中で、空気中だとヤバいです。

原発大国日本で放射線が騒がれるのにマイナスイオンが健康にいい理屈が不思議なのです。(ラジウム泉とかあるがとりあえず置いておく)
空気中で電離が起こる、具体的に大気中の酸素や水(水蒸気)などが電離してイオンが出るというのはなかなかない現象で、落雷ならあるのかな…? 確実にあるのは放射線の影響です。特にα線(ヘリウム原子核、2価陽イオン)やβ線(電子)の影響は大きく、割と簡単に空気中で電離を起こします。ガイガーカウンター(ガイガー・ミュラー計数管)は電離したイオンで通電するときに針が振れて放射線を検出できるのです。

もちろん放射線は人体に影響があって、放射線そのものやそれによって電離したイオンが体内で活性酸素をつくって細胞破壊の原因となったり、直接遺伝子の塩基配列を変えたりします(つまり細胞製造の設計図が狂う)。

マイナスイオンがこれと同じだとしたら…ヤバいですよね?
高校の時とかこんな感じに不思議でしたが、どうやら陰イオンとマイナスイオンは関係のない単語のようで。

 

それから、元々電気的に中性なものからマイナスのものが出てきたらプラスはどこにいった?説明してくれ!となるのは筆者だけではないはず。

 

まあ森とか滝で気分がいいのは空気がいいとか水しぶきで涼しいとかということでしょう。
都会や市街地と比べれば川の周りなどは圧倒的に空気が違うでしょう。海流と恒常風の影響とかがあるので、川の流れと空気の流れとかあってもいいはずですし。

逆に工場地帯を流れている川とかどうなんでしょう。多雨で下水が流れ込む川なんかあまり近づきたくないですね。

 

筆者は日本の科学教育にかなり不満があるので、批判的になりがちですが、いろんな場面で科学教育の不足の悪影響があるように思います。東日本大震災原発事故後もそうでしたが…

今や他人事の人も結構いそうですが、あの事故は原子力事故としては最悪クラスです。チェルノブイリと同じレベル7の事故です。まあ原発導入当時の意思決定なので筆者世代がどうにかできるものではなく、残念ながら原発に頼りまくっている人間の一人ですが。科学技術社会論とかすごくすっごく難しいのでこの辺で。

自分の中で、あくまでも科学は物事の理を説明するための道具で、何か説明できなくなればいくらでも理論は変わると思っています(科学の歴史がそう)。人が何か現象を納得するためのものなんですね。納得できないと意思決定に失敗してしまうんです。

文科省には科学教育についてもっと考えてほしいです(というか文系の人たちが多いのか?)。科学が苦手な人が多い社会はまずいのではと思います。

 

※後半で言う科学は自然科学だけでなく人文・社会科学も当てはまると思います。

 

理系人間の言いたいこと。いろんなことに何でだろう?と考えることが結構大事です。

 

地図子さんのブログを読んで 2

名古屋のこと

名古屋と言えば名鉄。とりあえず名鉄。その次に東海道線と新幹線でしょうか。

あとは中央本線高山本線
中央本線と言うと東京の中央線と結び付かない人がいたりするんでしょうか。東京からはほとんどが高尾止まりですしね… 特急も松本までだし。

中央本線は本来東京から長野県の塩尻を経由して名古屋に向かう路線で、塩尻を境に中央東線・西線と呼び分けられたりします。どちらも長野県にとって重要な路線でしょう。山岳路線なので、景色はどちらもなかなか見物です。名古屋→東京で中央線経由もいいかも?経験のない方はお試しあれ。

今は消滅してしまいましたが、西線の特急しなの(長野‐名古屋)は大阪まで走る事もありました。松本で大阪行を見ると「大阪まで行くのか…」と感嘆した記憶があります。JR3社をまたぐ昼行列車は希少だったはずです。

「電車」と「列車」

鉄道を一般的に指すとき、関東では「電車」ということが多いです。これは、関東地方が広範にわたって電化されているからです。都内の旅客線で非電化はおそらくないのでは?

でも、日本に範囲を広げると電化されていないところはいくらでもあるわけで、そこでは電車ではなく気動車ディーゼルカーが走っているわけです。

昔は電化区間でも電気機関車が客車を引くこともあったので、「列車」という言葉を使ったのです。高校時代の塾のある講師(四国出身)が「列車」というと古臭いと言われた、と言っていましたが、それも仕方ないですね。

筆者は「列車」の方が包含する意味が広いので便利そうですが、

  • 大人口地帯東京の人はそもそも電車しか知らない
  • 「列車」より「電車」の方が言いやすい(口があまり動かない)

ので関東地方で「電車」が普及したのではないか、と考えています。

「電車」という言葉に対して「電車じゃない、ディーゼルだから!」というともはやただの指摘厨扱いされるのが悔しいですが(笑)

九頭竜線(地方交通線)と幹線

九頭竜線(越美北線)も気動車でしたね(もうええわ!)

時刻表が1日5本でしたが、山奥の地方交通線だとそんなものでしょう。特に日本海側は顕著です。過疎が進んでいる…

1日5本と言えば、幹線なのに1日5本の区間がある路線が…

そう、知る人ぞ知る上越線の水上‐越後中里。貨物の方が多いでしょう。貨物列車の量を考えると今でも一級の幹線だと思えます。東京から新潟・山形方面は全て上越線経由になるでしょう。

上越新幹線が通る前は特急街道だった上越線ですが、新幹線が通れば上越国境を在来線で超えるのは時間のある人か鉄ヲタに限られてくるわけです。地元の人はそんなことしないでしょうね… 谷川岳で社会が分断されていますから。

 

地形の話

鉄分ばかりでしたね。次は地形。

郡上八幡城に模型があるそうですが、いわゆるジオラマ(仏:diorama)ですね。博物館展示の手法の一つです。俯瞰的な見方ができない人(普通はしないしできない)にもわかりやすく地形などを見せるのに効果的です。ジオラマがあるとテンションあがりませんか!?

鉄道模型でもジオラマが作られることがあって、かなり面白いです。

それから九頭竜湖。写真を見た瞬間に「ああ、ダム湖だ!」となりました。というのも、湖岸がダム湖のそれですもんね!
普通、湖は平坦部にできるので、湖岸があのように切り立つことはまずないでしょう。そのような環境では、当たり前ですが水はとどまらずに川になって流れます。

ところが、ダムはむしろその高低差を何らかの形で利用するものだったりするので、不自然というか特徴的なダム湖が形成されるんですね。

 

ところで地図子さん、ダムの堤体に興味はございませんか?

ダムの大きさに魅力を感じるのは自分だけでしょうか…いや、ダムマニアなるものもいますから…